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全国コンクール2009あーだったこーだった(その7)


長く放置してしまいましたが…。(-_-)
いろいろと取り込んでおりまして、ちょっと気持ちが忙しい。
ふぅ。

コンクールの感想ですが、
その団体の演奏の印象は残っていても
わたしが知らない曲を演奏した場合は、
実際にどんな演奏だったか?をすっかり忘れてしまっているパターンもあって
あと2つか3つしか書けないのではないか…?と思ったりしてます。

そういえばweb交換日記相手さんは沈黙を守ってますし(笑)
体調がすぐれないのでしょうね。
かくいうわたしも、今から1週間を無事に乗り切れるか?が心配です。
激しい移動に練習と本番とパーティーが全部で5つ。うおー。


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一般部門Aグループ

3 Choeur Chene(混声29)
(G1 / J.Brahms“3 Gesange Op.42”より“Vineta”
 M.Reger“3 Sechsstimmige Chore Op.39”より“Abendlied”)


何だかもう、遥か高みに行ってしまった感のある合唱団です。
他の団体とはレベルというかサウンドというか、
違い過ぎる感がかなり強かったです。すごすぎ。

課題曲、第1声のサウンドからして音の溶け具合が他と違う。
空中にふわりと浮かび上がるサウンド、
それがどこまでも整えられていて隙が全くない音楽に仕上がっている。
音の1つ1つが純粋に磨きあげられていて、実にクリア。
もうとにかく美しいっ!!
ジェズアルドの鬱々とした世界とは少々違う気もしますが
「貴族」だと苦しみ方も高貴になるのかも?(なんじゃそりゃ)
ここまで磨きあげた演奏をした団体は無かったと思う。

自由曲、こちらも全く隙がない音楽。
美しいサウンドととろける様に一体化したサウンドとハーモニー。
このサウンドの雰囲気に、コンクールという場で対抗出来る団体はあるのだろうか。
ブラームスでもレーガーでもその印象は変わらない。
美しく厚みのある音楽が常に流れ続ける。
恐るべし。
わたしのプログラムに書いた数少ないメモ、
シェンヌのところには「美しーーーーい」としか書いてない。
そんなの判ってんじゃん、なに書いてんだオレ。
もっと他のメモ書けよー(アホ)。

そうなってくると、凡人のワタシとしては
「クール・シェンヌはどこへ行く?」という感じがしてきます。
2,3年前の演奏の雰囲気とはずいぶん変わってきたような気がしていて
ここまで磨き上げたなら逆に、
感情的に歌いあげる部分があってもいいんじゃないか?
とさえ思えてくる。勝手なモンです。(ホントすみません)
そこには、ロマン派の時代の作曲家、その天才たちの残した渾身の音楽を
きっと生命感あふれる音で聴きたい…という先入観があるのかも。

しかし、もちろんそういう音楽を志向していないから
あれほど音楽を磨きあげるのだと思います。
実際に天才たちが残したのは五線譜だけなのであって
そこから読み取れる音楽をとことんまで突き詰めていくのが
クール・シェンヌの音楽なのだと思うのです。
来年、またどんな曲・演奏を引っさげて登場してくるのか。

…このストイックさって、ちょっとイチローっぽいですよね。
自己の記録には全然満足してないんです。
自らを超えるために、ただただ努力し続ける。
イチローもシェンヌも、ひたすらにアスリート。


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いろんな音楽の形があるのだけど
シェンヌは毎年、その音楽の凄みを増していきます。
決して動的に聴かせる訳じゃない、静かに、そこにただ在るだけかもしれない。
しかしその静かにたたずんでいるモノが
時間の経過とともに、みるみると輝きを増しているのだとしたら
こんなにエキセントリックな事もないんじゃないだろうか。

…わたしも、来年演奏を聴く時までに
「美しーい」以外の言葉を考えておかないと
その増していく輝きを表現できませんね。
文吾さんに聞いておきます(笑)。

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