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全国コンクールの感想2006(その15)



12 大分市民合唱団ウイステリア・コール(混声41)
(G1/柴田南雄 「追分節考」)


まさかね~、全国コンクールの演奏を聴きながらこれほど号泣するとは、
まったく想像出来ませんでした。嗚咽しないように気をつけるのが精一杯で。
まったく予想外の感情が溢れてきてどうにもコントロールが出来ず
ただひたすら涙を流し続けていました。参りました。


・・・そんなステージの感想をグチャグチャ書くのは嫌なのですが
それでも書く理由は、ただただウイステリア・コールの皆様にお礼が言いたい。
それだけの気持ちで今日は書かせていただきます。


課題曲、少しはやめのテンポでの演奏です。どちらかというとフレーズを歌わせることをせず
美しく4つのパートを絡ませる演奏だったと思います。
前進力がありサラリと歌わせる事で、音楽の繊細さを感じることが出来ました。
各パートのユニゾンに今1つの精度が感じられれば、さらに効果的だったと思います。
しかし「追分」を歌う事を考えれば、このサラリと聴かせた演奏も
対照的で効果的だった…と感じる事が出来ます。


自由曲、「追分節考」。
コンクール前の「あれやこれやシリーズ」の時、わたしは
「日本の合唱曲が余り演奏されない今年のコンクール。
 『追分節考』こそが邦人作品の代表作品、とは言えませんが、
 『邦人作品究極の秘奥義』のような作品が登場する意義はとても大きい。
 『追分』の演奏が成功する事を心から願っています。」
と書かせていただきました。
『邦人作品究極の秘奥義』だなんて、まるでマンガの読み過ぎな感じですが(爆)
その表現はあながち外れではなかった・・・と、コンクール後の今は感じています。

素材をそのまま使用し、まったく違うテンポ感とフレーズを持っている音楽を
同時並行で歌わせて成立する音楽、一種のチャンス・オペレーションです。
今回は、コンクールという事で歌われなかった「素材」もいくつかありましたが
そんな事は大した問題じゃない。


客席に降りて歩きながら歌われる音楽素材。
遠くから聞こえてくる呼び声のような、懐かしさを伴うメロディ。
声と声が呼び交わされ、自分の過去から現在、そして未来に向かって音が通り過ぎていく。
自分の傍らを、心の中を、音が通り過ぎていく。。。

それは自分が子供の頃見た、山並みの向こうに消えていく夕焼けの風景だったり
静けさの中に鳴きわたる鳥の声であったり、
爽やかな風が肌を撫でるように吹き行く音だったり、
子供の頃のわらべ歌を聴く自分であったり。

子供の頃に経験した自らのすべての経験が「郷愁」となって、
全身を温かく包み込む感覚が8分あまり続きました。
幸せな時間でした。
いつまでも、いつまでもこの音楽を聴いていたい・・・。
そう心から願う自分がいました。


曲の冒頭から流れ始めた涙は止まることなく、
大人になった今の「自分の心」を洗うかのように流れ続けました。。。


「追分節考」のすべての世界観を支え続ける女声合唱、
そのステージ上で美しく歌われる女声合唱の声、余韻が静かに空間へ消えていった時に
そこには静かで果てしなく深い感動だけが残っていたのです。


音楽は人の心を揺さぶるものだと、改めて強く感じました。
何というか、うまく書く事が出来ませんが、
この音楽を深く感じる事が出来て良かった、
自分が日本人でよかったと思いました。



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何か感想というよりは、訳が判らない「感情の吐露」みたいなものですが
普通音楽を聴いてこんな事感じるでしょうか?
あの空間で音楽を体感することが出来て、わたしは幸せでした。


大分市民合唱団ウイステリア・コールの皆様、
素晴らしい音楽を本当にありがとうございました。。。



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こうやって考えると、日本文化の素材を音楽にした「追分節考」と
ヨーロッパ音楽の進化の一形態である「十二音技法」を演奏する団体が
並立して存在したコンクールであった、と言えます。
その2つの曲を演奏した団体は、同じく課題曲にG1を選んでいた訳で
そしてこの2つの団体が演奏した課題曲と自由曲はどちらも
音楽史的に対極的な選曲だったと言えます。
非常に興味深いですね。


そして、自分たちの持ち味を十二分に発揮したすばらしい演奏だったと思う。
「店主のこだわりの逸品」だけを取り扱うウイステリア・コールは
やはり非常に個性的な合唱団だと確信しています。


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あと3団体。。。
いよいよゴール間近です!!
ふっふっふ、文吾さんお先にー!(爆)


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