TOPMusic ≫ 3人の作曲家のそれぞれの想い(その2)

3人の作曲家のそれぞれの想い(その2)


5月8日(日)に東京の第一生命ホールで行われた
CANTUS ANIMAE20th.コンサートで3人の作曲家の作品が委嘱初演されました。
その演奏会にオンステした感想を書いています。

----

第2ステージ。
一昨年の合唱コンクールの課題曲となった「青い小径」の第1曲「鐘」。
その作曲家である森田花央里さんの新作「石像の歌」は、組曲ではなくピースの作品でした。

最初の試演時から、音楽のゆらぎと切なさと美しさが際立っていて
また森田さんの弾くピアノが驚くほど雄弁で、
(わたしは練習録音でしか聴けていないのですが
 録音とか関係なく、その音の雄弁さに惹き込まれてしまった…!)
作曲家の想いが音に乗って溢れる瞬間を体感する事が出来ました。

森田さんによれば「なかなか書けなかった」ということらしいのですが
音の1音1音の立ち姿は雄弁なのに歌い手に見せつけてこないというか
自分の外にある音からではなく、歌い手の内面から何かしら込み上げてくる。
美しくて切ない音が、そこにそのまま佇んでいる…という感覚なのです。

豊かに鳴り響いていても、音は陽炎のようにはかなく消えゆき。

森田さんの言葉を借りれば「この世はかなしい」というものが
音楽の根底に流れているのだと感じられます。

不思議なのは、なぜかその「かなしさ」を見ずにはいられないというか
見てしまうと視線をそこから離すことができない・・・。
それはやはり
「うつくしきものは なべてはかなし」
という事なのだろうと思うのです。

本番で1度歌っただけの作品だから、まだ多くを語る事はできませんが
美しくも哀しいこの曲は、まだまだ多くの魅力を秘めていると感じます。
あの音の中にたくさんの煌めきや輝きがあって、
その向こう側で静かにかなしみが佇んでいるのだとしたら
やはりその音の向こう側を見てみたいと思う。

----

「石像の歌」の初演の前に、「青い小径」全曲を演奏しました。
こちらも森田さんのピアノとともに。

あの組曲4曲の美しさは確かに存在していて
でもその魅力に自分がどれだけ心惹かれたとしても
きっとその核心に触れることはできない。
心を重ねつつ、しかし心を重ねることは出来ないのだと。

そして何ら誇示するところは無い曲なのだけど
その存在自体が、誇り高き音楽だと思いました。
いつか、きっとまた。。。

(つづく)

スポンサーサイト

Comment













非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL