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12年間、ありがとうございました(その1)


2004年に人知れず始まった、全国コンクール出場全団体を
独断と偏見を持って勝手に紹介していくという身内向けの企画も
いつの間にか少しずつ知られるようになり
合唱blog執筆の超有名人である文吾さんの協力も得て
何年か後にはたくさんの方々に読んでいただけるようになりました。

改めまして、感謝申し上げます。

そして、連載の一番最初に書いた通り、
今回の2015年の「あれやこれや」を持って
いったん「中締め」とさせていただきます。

ただ、あくまでも「中締め」であって「終了」ではありません。
文吾さんとも意見は一致していますが、やりたくなればやります(笑)。
しかし「全団体」という形式は、今回が最後だと思われます。

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順序を変えてまで、HIKARI BRILLANTEの回を長く書きましたが
「あれやこれや」シリーズの連載を終えるに際し
これがわたしの書きたかったことでした。

名曲というものは、時間の壁と人の耳の壁を越えて初めて生まれます。
同じく「名演奏」というものも、時間と人の耳を越えてこそ生まれる。
クラシックの世界で昔の演奏の中で「名演」と呼ばれるものは
まさにその審判を越えて生き残っている演奏たちです。

しかし、演奏されたその時には「名演!」と呼ばれていたのに
時間を経ていくと輝きを失っていく演奏もたくさんあります。
演奏自体は本当に素晴らしいのに…。
それはきっと、時間の壁を越えていくだけの普遍性を持ち合わせていない。
そういう演奏なのだろうと思われます。
結果として、時代の変化に淘汰されてしまう。
名演には違いないのだけど、壁を超えるための何かが足りない。。。

ありきたりな意見、そして当然な意見でもありますが
やはり名演、名詩、名曲、その他あらゆるもので
時間を越えて存在し続けるものには、
その中に圧倒的な力が込められているのだろうと思います。

では、その淘汰されてしまったものたちとは
いったいなんなのだろうか。

(つづく)

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