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「コンクール出場団体あれやこれや2015」(その25-1・HIKARI BRILLANTE)


出演順10番目、同声部門ラストから3番目の団体です。
わたしの都合により(すみません)「あれやこれやシリーズ」の
ラストの紹介とさせていただきました。

10.HIKARI BRILLANTE(女声128)
(F4 / 信長貴富 女声合唱とピアノのための「百年後」-タゴールの三つの詩- より 「百年後」)


ほとんど関係ない話からスタートします。


名曲とは何か。

大阪メールクワィアーのところで書いた、
2000年5月に東京文化会館大ホールで開催された
高田先生の作品演奏会「ひたすらないのち」。

この演奏会の打ち上げ、レセプションの時に
高田先生は参加者に向かって長いお話をなさいました。
この時高田先生は入院されていて、
ドクターストップがかかっている状態だったと思うのですが
そこを押し切って?最後に指揮をするために登場されて指揮をされました。

600人が歌い上げた後の高揚感の中でされた
高田先生のお話です。
一字一句正確ではありませんが、
非常に印象に残っているので、ここでその一部を書かせていただきます。

「わたしが東京音楽学校(現・東京芸大)の学生だった頃

 教授としてパウル・ヒンデミットが日本にやってきた。

 彼はドイツ人だが、ナチスの方針に従う事を拒否し

 ドイツを離れて日本にやってきた。

 そのヒンデミットの作曲の授業の時に彼はこんな事を言った。

 『名曲とは何か。

 どうすれば作品は名曲となり得るのか。

 それは、40万の耳を通過してそれでも生き残ったものが

 名曲である』

 ヒンデミットはそう言った。

 わたしの作曲した『水のいのち』は、現在は○○版の出版となっている。

 これは、『水のいのち』という作品が

 40万の耳を通過したという事ではないだろうか。」


ご自身で「名曲になった」とおっしゃったのでちょっとビックリしたのですが(苦笑)
今になって思うと、カトリックからの依頼で多くの典礼聖歌を作曲し
また「自分の作品はすべて宗教曲である」とおっしゃる高田先生にとって
「水のいのちが名曲として認められた」というのは
これ以上ない大いなる喜びの言葉だったのだと思います。


さて改めて、「名曲とは何か」。


ヒンデミットが言ったという「40万の耳」という数の根拠は判りませんが
その言わんとするところは判ります。

膨大な数の人の耳を通過して良いと認められて

なおかつ、何年もの時間を経て残ったものこそが

名曲である、と。


(つづく)


・・・続いてしまった。。。


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