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風景が変わる。


いちおう合唱ネタblogのつもりなので(笑)
余りプライベートについては書いた事は無かったけれど
先日、娘の卒園式(保育園)がありました。

そこで感じた超久しぶりの「卒業」という感覚。

社会人になると、卒業ってことが余り無くなるんですね。
転職とか転勤とかは、ある意味卒業だけどやっぱり卒業じゃない。
月並みながら、小さいながらも成長した娘の姿や
同じ月日を過ごしたお友達、先生方の涙をみていると
やはり心揺さぶられるものがありました。

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そうやって考えると、ずいぶんモノの見方、風景の見え方が
以前と変わったような気がします。激変、と言ってもいい。
昔は、自分の身の回りと感じた感覚がすべて、に近かったと思う。

自分の娘が可愛いのは当然でしょうが
もう他人様の娘さん息子さんたちもすごく可愛い。
皆それぞれ違いはあれど、同じように愛情を注がれて育ってきた。
いわばどの子も「愛のかたまり」のようなものです。

でもそれは、幼稚園・保育園児だけの話じゃなく、
当然のことながら、子どもたちみんながそうな訳で。
もっと広げれば、大学生は当然の事、大人たちもみんな同じ。
最近は誰を見ても、その後ろにいる人たちの事を無意識に想像してる。
この「想像する」という事が、昔は全くできなかったな。
知恵と経験、どちらも不足していた気がする。

これが齢を重ねる、という事なのだろうか。

世の中、酷い事件、残虐な事件や腹ただしい出来事、
また日常に起こる事故や嫌なニュースも本当に多いけれど
それを凌駕するぐらい、柔らかな愛情に溢れているのだろう・・・
という事を想像できるようになった。

このblogをどなたが読んでくださっているか判りませんが
世の中、やっぱり生きる価値もあるし素敵なこともたくさんある。
困難を乗り越えていく価値のあるものだ、と思っています。

谷川俊太郎 「地球へのピクニック」をまさにそのまま。


ここで、いっしょに。

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2015年03月23日(Mon) 12:23
Re: タイトルなし
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PIEROさま
コメントありがとうございます!
まさに書かれている通りの事を実感する日々です。
そして今、三善晃作曲「生きる」に取り組んでいるところで
こういった事をすごく感じさせられる日々となっています。
誰を見ても、感動のかたまりのはずです。
日々の暮らしに一杯いっぱいだとすぐに忘れちゃいますが
まさに、生きるというのはすごい事ですね。。

メンバーの声の想いを束ねられる指揮者でありたい・・・と願っていますが
道は険し、です。しかし必ずそういう指揮者になりたい!と思っています。


> ご卒園、おめでとうございます。
> 子供の一番の魅力は「生きることに超前向き」なことかなと思ってます。
> 割りと日常的に「昨日できなかったこと」が「今日できる」ということを『奴ら』(笑)は経験しており、生きること=成長体験のような彼・彼女等は、ホントすさまじいですね。
> 3年ほど前に、とあるラジオ番組で、あるアナウンサーが谷川俊太郎の「生きる」を朗読しておりました。馴染み深い詩だけど、あらためて朗読されて、いい詩だなと思いました。というか、言葉がストンと自分に落ちていく感じでした。私の拙い表現では「いい詩だなと思った」となってしまいましたが・・・。
> その時に、そのアナウンサーの方が「生まれた時に祝福され、いろんな思いを込めて名づけてもらって、いろんな思いしながら育ってきた、それぞれの物語があって・・・」というような話をしておりました。若干記憶は曖昧ですが。
> それから、私も、通りすぎる人、電車で乗り合わせた人、全てに人生があるんだなーと思ったものです。最近もふと、その思考に入る時があり、ともすると、スパイラルに陥るのでちょっと避けがちではあるのですが・・・。(苦笑)
> でも、そうやって、大勢の方を束ねて音楽作りに試行錯誤されてる「指揮者」というのはほんとに大変で、すごいことだと思います。
> すみません。なんかとりとめのない文章でしたが、お伝えしたかったのは、冒頭の一文のみです!(笑)
2015年03月28日(Sat) 16:23












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