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コンクール支部大会も佳境です(後篇)


「佳境です」と書きながら(苦笑)、
支部大会は明日の関東支部を残すのみとなりました。

近年は全国コンクールも、熱烈な拍手と声援が出るようになってきて
(2008岡山の「EST」とか2010西宮の「おえコラ」とか)
全国コンクールもずいぶんと変わってきた・・・というのは
この前の記事に書きました。
ストレートに聴き手の感情が見えるようで、結構好きです。

そこでまたいろいろと思い返してみると
そういう熱烈な拍手をもらった団体以外はどうだったのかな?と。
もちろん記憶にあるにはありますが、
そういう団体は熱烈な拍手をもらうには至らなかった??
今一つの演奏だった??

いや、たぶんですが、きっとそんな事はありますまい。
技術的なレベルではどの団体も日本の高い水準でしょうし、
磨き上げた演奏をしているはず。

何かヘンですよね。
どの団体もキラリと光る音楽を作ったはず。


これには理由があるとわたしは考えています。
わたしの考えでは、たぶん「観客自身」だろうと。


どうもコンクールの会場で演奏を聴いていると
たくさんの演奏に対して妙な聴き方になっているような気がします。
わたしだけかなぁ・・・(-_-;)
それは、他団体との比較に重心を置いた聴き方。
この団体が上手かった、あの演奏が好き!というよりも
「この団体のここはイマイチ」とか「この発声は好きじゃない」とか
マイナス点をクローズアップして聴いているかもしれない。

これが「全日本合唱祭」とかいうイベントでの演奏だったら
聴き手も全然違った聴き方をするのでしょうね。
コンクールだし、人前で演奏する以上どんなことを言われてもしょうがないですから
これらが別に悪いことだとは思いませんが
BLOGで感想を書き始めて何年か経った頃、
こう感じている自分が少し寂しくなってきました。

音楽は音楽じゃん?と。

そしてもう1つ、ひょっとしてその演奏から何かを感じ取る自分の感覚が
ニブイだけじゃないか?と。(+_+)
それだけ耳を澄まして、演奏者と音の心の有り様を聴けただろう?
聴いている音楽の事をどれだけ判っているだろう?

もちろん、無知を飛び越えて良さを判らせてくれるのも
素晴らしい音楽だけに成しうる業だと思います。
でもそういう演奏以外は、どうなのだろう?


そして良く聴いてみると、
どの団体にも素敵なところがある、と思うようになってきました。。
コンクールだから、厳しい批評や順位付けがあるのはしょうがないのだけど
そこに少なくとも音楽的な何かがあるのであれば
賞や批評を乗り越えて、どの団体も、わたしは素敵だと思う。
(逆に音楽的なモノが無い演奏を聴いた時、わたしは拒否反応しちゃいます)


このコンクールの演奏どれもを、
あの時のミネアポリスの人たちが聴いたら
涙を流して大喜びするだろうなぁ・・・と、いつも思うんです。


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という事で、このBLOGではコンクールに関して
一般的な批評や順位とは全く関係ない感想を書きます。
わたし自身が感じたことを素直に書いていきます。
という事で、よろしくお願いします。


そして、明日の関東合唱コンクールへ出場される皆様、
ぜひ「自分たちのできる事をやり切った」演奏をなさってください。
演奏の心は観客に届くはず。
結果も大事ですが、まずは演奏で何かが伝えられたかどうか?
最初にそれこそが大事だと、わたしは思うんです。


(おしまい)

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Comment

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このエントリーをみてはっとさせられました。
最近、良い評価をされようと考えすぎて他団体までそんな目でみてしまってたなぁと。
ありがとうございました!
2012年10月20日(Sat) 20:33
Re: タイトルなし
編集
コメントをありがとうございます♪
先日亡くなられた音楽評論家の吉田秀和氏が書かれていたのですが
「自分にはピンとこない演奏でも、演奏者は何かしらの意図があってそうしたのであって
 その意図は何だろう?と考える」
というような内容でした。思わずうなってしまいました。
ひょっとして自分の音楽を聴く力に未知の部分があるから
その音楽を良い!と思って聴けないのかもしれません。

コンクール賞という枠にとらわれない音楽の聴き方が出来れば
それは廻り回って演奏者がバラエティ豊かな音楽をするようになる・・・。
そんなことを考えたりしています。
金賞の素晴らしい演奏が聴きたいのではなくて、
何賞でもいいから素晴らしい演奏が聴きたいですよね。
2012年10月21日(Sun) 01:47












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