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豊中混声合唱団 第52回定期演奏会(その4)


前回の記事のつづき、第5ステージ演奏前からです。

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その後、和合さんが今回の委嘱作品の詩の一部を
朗読をされました。


この朗読は、わたしの記憶に強烈に刻み込まれました。


朗読の時間としては、全部で5分ぐらいだったでしょうか。

受けた衝撃は1時間分ぐらいだったかもしれない。


つぶやくように語られ始めた言葉が熱を帯び

叩きつけるような言葉、

そして突き付ける言葉へと変貌を遂げていく。

途中、何度も繰り返された

「絶対はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 絶対はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 絶対はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対 はないことの絶対・・・」


・・・聞いていて胸が苦しくなる。

突き刺されるような痛みを覚える。

そして

振り絞るような思いで語られた、

「明けない夜は無い」

という、強烈な願いと意思と怒りのこもった言葉。


・・・・・・。


以前から詩の朗読をされていた和合さんは
その道のプロな訳ですから、聴き手の心を掴むのは当然としても
詩の朗読の向こう側に

自分は今、何が何でもこうしなければならないのだ

と言わんばかりの切迫感を感じる。

いや、一種の狂気のようなものさえ感じずにはいられない。

素朴で快活なエネルギーに満ちているようにお見受けする和合さんを

そこまで駆り立ててしまうものの存在。恐怖。にくしみ。

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わたしは朗読を聴きながら考え込んでしまいました。

和合さんをそこまで駆り立てるもの。
これが福島の人たちの今の現実、
それを(知っているようで)知らない我々は
せめてその痛みを共有出来れば・・・と思う。

同時に、厳しい現実として
このコンサートが行われているシンフォニーホールは関西電力管内だから
再稼働した原発の電力が何パーセントかは供給されている。
何という皮肉。しかしだからこそ、
この「詩の礫」が語られる意味はあるだろう、と。

原子力発電容認・否定、どちらの立場の人たちも
「詩の礫」で語られる言葉の前では、
その圧倒的な現実の前に打ちのめされるでしょう。
この現実を否定できる訳が無い。

ならば、暴れ始めると悪魔の存在となる放射性物質を制御することが
この大惨事を防ぐ唯一の方法なのだから
これは科学技術の限界であり、敗北ではないのか。

大惨事が起きてしまった今、
こうやって痛みを感じることなく生活している我々は
ひょっとして「詩の礫」が発している警告を
無意識のうちにないがしろにしているのかもしれない。
それは、多数が少数の犠牲を前提に搾取しているのと
どこが違うのだろうか。


・・・・・・。


だんだん頭の中で、答えの出るはずない様々な考えが渦巻いて
大混乱を始めて・・・・・・、はた、と気が付いた。

まてまて、おれは今、トヨコンの定演にいて
合唱の演奏会を聴いてるんだよな?(苦笑)
これから初演作品を聴くんだぞ、と。


自分たちの日常のすぐ隣には、
答えの出ない圧倒的で困難な現実が、
姿を巧妙に変えて身を潜めている。
日常が簡単に崩壊してしまう恐怖がすぐ近くにある。

それを感じながら、今自分に出来るのは
これから委嘱初演が行われる音楽に心を馳せることであろうと。
心して聴かなければならない。


(つづく)

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