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感想を書くという事(つづき)


(前回のつづきです)

われわれはどこへ流れていくのか?
感想を書いていく上で、また演奏をしていく上での大きなテーマです。
船に乗っている我々には見えているようで見えない。

いろいろなところへ進んでいく事で初めて得られる事がある。
反対に、留まり続けているからこそ深められる事がある。
その広がりと深みは、合唱音楽をしていく上での永遠のテーマです。


最近読んだ論説の中で思わずうなったのは、片山杜秀氏の文章。
レコード芸術7月号、吉田秀和氏への追悼文。
一部引用します。

「文化とは多数者が教育によって教養として共有できる
 平らかな地平の上に成り立つ代物である。(中略)
 対して芸術とはみんなで共有することへの顧慮など
 初めから少しも考えないところからのみ生まれうる、
 孤立的な営みである。」

多くの人が集う事によって初めて成立しうる合唱音楽は
突き詰めていけばこの2つの間を彷徨うように行き来せざるを得ない。
多くの人に理解されなければ存在自体が成り立たず、
しかし「それ」は一部の人のみが理解できるもの。


・・・それを無意識に感じた上で、やはり
「遥かな高みでのみ得られる輝きだからこそ、多くに感動され得るのだ」
と、われわれは心のどこかで信じ続けている。


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