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全国コンクールの感想2010(その10)


もう3月も9日という事で、いい加減何とかしないと…と気は焦る。
という事で続きです。


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8 アンサンブルVine(混声32)
(G1 / Orban “Ave Verum” Lukaszewski “Beatus vir, Sanctus Paulus”
    Mantyjarvi “Double, Double Toil and Trouble”)


地元関西の団体という事かな?盛大な拍手が起こりました。
伊東先生が今回指揮をされるのはVine1団体という事で、十分に気合も入っているような。

課題曲、実になめらかな音の重なりで音楽が紡ぎだされていきました。
難しい解釈を込めたフレージングとかではない、美しい声の素材そのものを重ねる。
それでもステージに登場するサウンドは、4声の絡み方が実に自然で
4声のフレーズが1つの音楽を作り出していた。
音そのものの純度が高い演奏ゆえ、音楽の構造をさりげなく聴いている感覚。
アンサンブル感覚の高い、でも「アンサンブルしてますよ~」的な演奏じゃない、
非常にナチュラルなビクトリアの演奏。
こういう音像をイメージできる伊東先生は恐るべしです。
こんな風にやろうとしたって誰も出来ないんですから(笑)。

自由曲、性格の違う3曲を並べてのアラカルト?ステージ。
まずオルバーンの演奏で穏やかに音楽を聴かせ、
ウカシェフスキのユニークなリズムで感覚を刺激、
最後のマンテュヤルヴィを面白おかしく聴かせて(思わずフフフ…と顔がほころんでしまう)
しかしダイナミックな部分と輝かしいサウンド感を聴かせる事はシッカリ押さえていた。
Vineのステージは、まるで素敵なコース料理を戴いたかのよう。

演奏はもちろんの事ですが、
こういう選曲のバランス感覚は本当に素晴らしい。
選曲をする時点で、どんな風にお客様に聞いていただくか?楽しんでいただくか?
という視点を感じます。おしつけがましくなく、感覚の中にスッと自然に入り込んでくるかのような。
ちょっとだけ、谷川俊太郎の詩を読んでいる時の感覚を思い出しました。


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たしかここで休憩だったはずです。
ガッツリと8団体を聴いて、わたしはグッタリしていました。
そう感じた人も多かったはず(笑)。

わたしは昼食を食べてなかったので、近くのローソンで購入したサンドイッチをMGMG。
そんな事をしていたら演奏が再開、9番目のヴェネルディ女声合唱団さんと
10番目の創価学会関西男声合唱団さんを聞きそびれてしまいました。すみません。。。
しかしここで昼食を取らなかったら、とても持たない~(涙)。


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11 ゾリステン アンサンブル(混声26)
(G1 / 西村朗 無伴奏混声合唱のための「死にたまふ母」より「玄鳥」)


そういえば去年、フィオーリの演奏会で指揮者の西先生にお会いして。
全然気が付かずに失礼しました。(^-^;;
ゾリステンのコンサートにも行きたかったんですが…むむ、残念。。

課題曲、半音か全音か…とにかく楽譜表記より高く演奏されたような。
わたしなどは「…テノールは大丈夫か?」と心配になりますが、大丈夫なのでしょうね。
すごーい。

ところで、島根県の団体にはどこかしら共通するトーンがあるような気がします。
個人的には、北海道の団体に共通トーンがあると思うのですが、それと同じ感覚。
中国地方の他の団体とはちょっと一味違っていて、
少し涼やかな音色の声をしっかりと鳴らしてくるサウンド感。
きっと地元にいたら全く気が付かないと思います(笑)。

そういう島根の合唱団の良さ…に
わたしはゾリステンという団体の持つ音楽観を感じたのです。
ポリフォニーやハーモニーの1つ1つに正面から向き合い、音に意味をもたせている。
1つ前に感想を書いたVineの演奏とは傾向がかなり違いました。
どちらが良い、というのもではなく、ね。
Vineの演奏が俯瞰的な見通しの良い演奏とすれば、ゾリステンの演奏は聴き手に身近な音楽。
1つ1つの音に意味を込めて、マリアの驚きと喜びを真摯に表現しようとしていた。

自由曲、これまた難解な…(涙)。
文語体の歌詞のフレーズが絡みながらの曲は、楽譜を持って聴かないとさすがに判りません。(*_*)
西村作品の持つ音楽の様々な劇的な表情を、丁寧に表現した演奏だったと感じました。
楽譜を見てないので判りませんが、これもやはりヘテロフォニーの作品?
「永訣の朝」もそうですが、人間の感情の線は1本ではない。
いろいろな想いが錯綜し複雑に絡み合いながら、その時その時で様々な感情が顔を出す。
その複雑さが音になるとこうなるのだろうか…?と思いながら演奏を聴いていました。
悲しみ…この曲の場合は「悲しみ」でもあり「哀しみ」でもあると思うのですが
たぶんそれと同時に「空虚感」のようなものも、音楽に含まれているのだろう、と。

…あぁ難しい。書いていてサッパリ判らなくなってきました。。。

そしてやはり課題曲を聴いた時と同じ感覚を持ちました。
音に対して身近なアプローチをしている、という事。
だから、曲の持つテーマに対して自分自身が対峙している感覚があった。
演奏者の音を通じて自分が追体験をしていた感覚。。。


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「文語体」って変換したら最初に「文吾隊」となったのには笑った。(^o^;;
そうか、わたしも感想を書いているから、気付かないうちに「文吾隊」なのかもしれない…。


(つづく)



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