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史上かつてなく名残り惜しい演奏会(その26)

愛媛合唱祭、無事に終わりました。

ロマン派の音楽の難しさと、その素晴らしさを強く感じます。
不得手だとしても、やはりやってみない事には前に進ませんね。

上手い演奏じゃありませんが、実に今の我々らしい演奏だったと思います。
しかしこれからの方がもっと良くなるはずだっ!!


という事で、続きです。
ようやくここまで来た…。


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MUSICA FERVIDA(東京)

混声合唱組曲「筑後川」(詩:丸山豊 曲:團伊玖磨)
 「みなかみ」

混声合唱組曲「島よ」(詩:伊東海彦 曲:大中恩)
 第3楽章
 第4楽章

混声合唱組曲「光る砂漠」(詩:矢澤宰 曲:萩原英彦)
 「再会」
 「ふるさと」

合唱組曲「五つの童画」(詩:高田敏子 曲:三善晃)
 「どんぐりのコマ」

指揮:雨森文也 ピアノ:前田勝則


自分たちの演奏がどうだったのか、客観的に聴けないので判りません。
が、精一杯の全力演奏だったと思います。
「大きな声で元気良く歌えました!」とは、間違いなく言える(笑)。


今の合唱界ではほとんど聴く事が出来なくなった過去の名曲たち。
わたしは、過去にどの曲も歌った事がありませんでした。
特に「島よ」「光る砂漠」などは、きっと歌うチャンスは来ない…と完全に思ってた。

しかし、実際に歌ってみると
ハーモニー的に美しく技巧的に歌い手の興味をそそる、
現在よく歌われる合唱曲とは大きく感触が違う。

技巧的には実にオーソドックス。
ハーモニーも驚くようなモノは多くない(除「どんぐり」笑)。


しかしですねぇ、
その旋律の中に込められた抒情性の深みと
音楽自体のスケールの大きさは
現在よく歌われる合唱曲には無いものだと感じます。

今が、流れがよく整備された大河の下流域だとすれば
それらの曲は、流れが荒くれてゴツゴツとした岩がむき出しとなっている河の源流。
しかしそこに、自然の大きなエネルギーと
果てしない豊かさを感じる…といったところでしょうか。


改めて、合唱とは「歌」なのだ、と実感。


良い曲が歌えて大満足です♪


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という事で、単独演奏団体の感想はおしまい!!
あとは合同演奏だー。


(つづく)



…追記がありますが、
これはコーラスガーデンでの個人的な反省点。
今後の自戒を込めて…です。


そして今回の反省点。

「暗譜指令」が出ていたんですけどね…。
首脳陣にお詫び申し上げて、今回は断念しました。。。
いや、どの曲も何となくは暗譜するところまで歌えていたのです。
間違えるところは何か所かあったかもしれないけど、歌えば歌えたかもしれない。

しかし、このコーラスガーデンというイベントを考えると
「歌えば歌えたかもしれない」という、
まるで「眼隠ししても、とりあえずわたしは歩けますよ」的な心積もり(笑)では
参加してないも同然なのです。


「…なら、本番までにちゃんと覚えろよ」と言われそうですが…(涙)。


暗譜を断念した最大の理由は
細かい部分のアーティキュレーションまで身体に染み込ませる余裕が無かった事。
それが出来なきゃ、音楽にならない。壊れちゃう。
それに、超熱い先生は歌い手の自発性を大事にされるので
とにかくちゃんと歌えなきゃ「存在自体が邪魔!(ToT)」なのです。

という事で今回は、「ちゃんと歌う!」というのを最優先。
結果的には良かったと思います、譜持ちは完全にマイノリティでしたが…(涙)。
おかげで、自分の心と身体を開放出来たと思う。


しかし、絶対的な練習量不足はこれからも続く訳だから
何とか努力しなければイカンです。
これが最大の反省点…。


…どうしたもんかなぁ…。(゜o゜)

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