TOPMusic ≫ 史上かつてなく名残り惜しい演奏会(その18)

史上かつてなく名残り惜しい演奏会(その18)


いよいよコーラスガーデンのホスト団体が登場です。
午前中最大の山場、といっても過言ではない。


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MODOKI(佐賀)

落水天(台湾客家民謡 編曲:松下耕)

O magnum mysterium Op.53(曲:Pierre Villette)

Se, vi ga upp till Jerusalem(曲:Sven-Erik Baeck)

O salutaris hostia(曲:松下耕)

「初心の歌」より(詩:木島始 曲:信長貴富)
 泉の歌

指揮:山本啓之 ピアノ:濱手美貴子


まずMODOKIがステージに出てきた時に思った事。

当日直前リハーサルの時にも思ったのだけど
ここに並んでいるヤツらが、この巨大な「合唱の庭」を創り上げたのです。
その事に果てしない感謝と敬意を表したい…という事。

…きっとねぇ、ずーっと寝てない人も疲れ切ってる人も体調不良の人も
作業の途中でアタフタしたままステージに乗っちゃった人も居たと思うんです。
…っていうか、きっと全員そのどれかだったに違いない(笑)。
でも、何というかねぇ…、何というか…。


みんな、カッコイイじゃないですか。


メンバーみんなの目がワクワクしてる。
誰かの思いつきがきっかけで(笑)ここまで何年間も顔晴ってきて、
1つの結果が今ここで出ようとしている。
その事を、誰もが実感している。
頭の中ではいろんな違った事を考えていたとしても、
心の奥底では、全員が1つの方向を向いている。


「落水天」、団員がステージいっぱいに広がります。


この曲、音は簡単なのだろうけど実際に楽譜通りに演奏するのはとても難しいのです。
(前にもどこかに書きましたねぇ…)


ちょっとだけこの曲を解説すると。

基本的にディナーミクはpp、mp、mfの間をさまよいます。
フォルテが出てくるのは曲の中で1か所…いや2か所だけだったかな??

元の民謡の旋律は、4つの音だけで構成されているシンプルなもの。
この曲は、身売りされて働きづめになっている、哀しい少女の唄です。
「民謡」ですから、もちろん台湾であった過去の話なのでしょうね。
…そう、昔の日本でも貧しかった時代にはこういう事が普通にありましたね。


この曲は、雨が降っている情景です。
(「落水天(ロッスィティェン)」は雨が降るという意味)

「雨が降る…」と静かに口にする少女。

しかし少女にはさす傘も無く、かぶる笠もなく、雨に濡れるに任せるだけ。

少女はつぶやくように思います。

「雨に打たれるこの身の、何と哀れな事だろう」

それがすべて、pp~mfの間で静かに広がりを持って表現されます。

一瞬、少女の気持ちが高揚し、言葉が激する瞬間が現れるのですが

それもまた、わが身を濡らす冷たい雨が覆いつくしてしまいます。

再び曲の最初のテーマが現れるのですが

曲の最後に、この哀しい少女をそっと包み込むように

耕さんの創る温かな祈りの音が広がるのです…。



MODOKIは、40人超のメンバーがステージいっぱいに1列に並び
スケールの大きな「落水天」を歌いました。
これはこの曲に絶対に必要な部分で
歌の場面の空間的な広がりと、雨に濡れる小さな1人の少女との対比が
歌をさらに味わい深く演出するのです。
単に美しく、さらさらと歌えばいいモンではない。(そうも歌えちゃうのですが)

合唱団の持つ「音のゆとり」を最大限発揮して歌われるppが
遥か遠くの山々を見せる。
垂れこめる雲から静かに降る雨を感じさせる。
そして、少女が静かにつぶやく。。


MODOKIは数年前、
「落水天」の初演団体である「フォルモサ・シンガーズ(台湾)」の
この曲の演奏を生で聴いています。
彼らから受けた衝撃はとても大きかったそうな。


この演奏は、その時の気持ちを受け継いでいるのかもしれない。


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あれ?
1曲だけで1回分になっちゃった。
こんなはずでは…。( -_-)


(つづく)


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