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「ほほえみをありがとうコンサート」(No.2)

栗山先生の指揮する曲は、

作曲:高田三郎
作詞:鮎川信夫
混声合唱組曲「橋上の人」より?・?

である。
大久保混声が、2000年のコンクールで演奏した、思えば辻正行先生が最後に全国大会で大久保混声を指揮した、思い出の曲である。

栗山先生のレッスンが始まった。とても大きな先生で、身長190センチぐらい?少しひざを曲げ身体を丸めるようにして、指揮の腕もほとんど動かさない。身体で音楽を練り、空間に放出しているような指揮。

曲の解釈、詩の言葉に込められた意味、それに歌い手がどういう意味の命を与えるか、それを裏付ける音楽の構造の分析、出てきた音に対する音色の付け方・考え方、これら全部がすべて有機的に結びついていて、感覚的にも論理的にも無理なく音楽を組み立てていく。

栗山先生のレッスンは、一個の神聖で巨大な構造物を組みたてていく作業。構造物ゆえ、そこに妥協や弛み、ズレはあり得ないのだ。だから、完成品は練りに練り上げられたものであり、誰もが驚嘆するのだ。


辻先生の音楽とはまったく違う。
辻先生の作り方は、解釈に基づく言葉の音読のニュアンスをベースに、音楽の流れを重視し、そして「歌い手に自由を与える」のだ。演奏のベースを組み立てると歌い手に自由を与え、そこから出てきた音色・ニュアンス・解釈を、指揮により緩やかにまとめ、その上に自分の解釈を載せる。よって、完成品は本番1回しか聴けない特別なものになる。「自由による違い」は本番の指揮により「音楽の奥行き」に変換されるのだ。

どちらが良い、というものではない。
「どちらも良い」のだ。
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