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「どちりなきりしたん」の鈴


千原英喜作曲、「どちりなきりしたん」の4曲目には
鈴を使用する指定があります。
トライアングルが使われることが多いのでしょうかね?
どうなんだろ??

ずいぶん昔の事になりますが
2004年、四国合唱コンクールで印象深い出来事があり
コンクールにエントリーするからには、本気で取り組まなければならない、
と、わたしは強く思ったのでした。
徐々に、焦らずに進歩して…と思っていたのですが
コンクールに向けて本気で取り組んだ人だけが涙を流すのだ、と知ったからです。

その時のわたしは泣けなかった。


2005年、Chorsal《コールサル》で、どちりなきりしたんⅣ・Ⅴを
コンクール自由曲として取り上げました。
この時、トライアングルを使おうか?とも思ったのですが
何と言っても「本気」ですから(笑)
じゃあ!本物を使わなければ!と思い、
東京へ行き、キリスト教関連の品物を売っている店を何軒かはしごして
四谷の上智大学前にあるお店で、鈴を購入したのでした。
たしか4000円ぐらい?

その年のコンクールの結果は、本気で取り組んだ成果は出たのですが
四国代表となることは叶わず、でした。

わたしは言葉にならず、ただただ涙していました。


どちりなきりしたんⅣの鈴を見ると、わたしはいつもこの時の
本気で取り組んだ時のことを思い出します。
結果として、合唱団内でいろいろと軋轢を生んでしまったのですが(苦笑)
それも含めて、その時の事と「鈴」は今ではとても大切な思い出です。
その時があるから、今がある。

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先日、わたしの友人の福岡のS水さんという方から(笑)
「ぜんぱくさんは良い音の鈴をお持ちらしいですが、貸していただけませんか?」
というお伺いをいただき、うれしい気持ちでお貸ししました。
出身高校が、九州コンクールで「どちりなきりしたんⅣ」を歌われるとのこと。

確か今日が本番だったはず。
つまり現在、わたしのの鈴は持ち主から遠く離れて沖縄にいます。
うらやましい(笑)。


きっと本気の高校生たちが、本気の歌をホールに響かせたはず。
そしてあの鈴は、沖縄の地で上手く鳴ってくれただろうか?


そんなことを考えている、尾道の夜です。

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「石像の歌」(作曲 森田花央里)について


9月3日(日)、
高知県高知市で行われた四国合唱コンクールが終わりました。

Chorsal《コールサル》は、課題曲G3「子どもは…」(三善晃)
そして自由曲に「石像の歌」(森田花央里)を演奏させていただきました。
一般混声部門に出場、結果は銀賞で全国コンクール行きは叶わず。
四国支部代表になったのは、I.C.Choraleさんです。
ぜひとも東京で良い演奏を!

「石像の歌」は、3年前の合唱コンクール課題曲公募作品の作曲家である
森田花央里さんの作品で、1年半ほど前に東京のCANTUS ANIMAEが初演しました。
現在未出版の作品です。

ドイツの作家であるリルケの詩を、
森田さんが自分で翻訳して歌詞で作曲された、美しくもせつない作品です。

生きとし生けるもの誰もが、絶対の孤独の中に生きています。
その孤独なもの同士の中で、
一瞬でも魂が触れ合うような瞬間があったとしたら・・・。

「石像」は、ついに命を得て石から甦ったのだけど
その命が、自分を愛してくれた人の死を引き換えにしたものだとしたら。
そして、その愛してくれた人の心の中に、自分が生きていたのだとしたら。

わたしは泣くだろう。
わたしが命を得たところでなんになるだろう。
わたしを一番愛してくれた人を、海の中から呼び戻すことは出来ない。

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「石像の歌」は、とにかく美しい音楽なのですが
その美しさは孤高の美しさでもあります。
周囲を拒絶し、孤独でいることを受け入れているからこその美しさ。

しかし音楽の中にほんの少しだけ、石像が石から解き放たれて
命を得たと思われるモチーフがあり、そして哀しみと共に
また石像へ戻っていく姿が音楽となっています。

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Chorsal《コールサル》で演奏するにあたり
様々な試行錯誤の末、初演の演奏とはかなり違った感じとなっています。
しかしそれは「石像の歌」が、これからも命を得るためには良かった気がします。

全員でこの曲を見つめ続けることが出来た、素敵な時間でした。
そして、この曲に真正面からじっくり取り組めたこと、忘れません。

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ということで、合唱コンクールでの「石像の歌」は終わったのですが。

Chorsal《コールサル》では、2018年2月18日(日)に行われる7th.コンサートで
「石像の歌」を再演しよう!!という話が上がっています。

まだ本決まりではありませんが、たぶんそうなるんじゃないかなー?

決まったら、改めてご報告させていただきます。


ご冥福をお祈りいたします


わたしの東京時代の古巣、大久保混声合唱団メンバーで
長くベースで歌われていた、和田孝さんが亡くなられたとFacebookで知りました。
ご冥福をお祈りいたします。

和田さんが大久保混声に入ってきた時に、わたしは団長だったので
その時もいろいろな事がありましたが(笑)、入ってからもいろいろな事がありました(苦笑)。
個性的ではありますが、裏表のない気持ちの良いおじさんです。

わたしが大久保混声を離れてから、お会いするのは年に1回、
東京都合唱コンクールでの再会のみとなりました。
そういう関係が11年ほど続いた、ということになるのでしょうか。

ここ何年も、わたしは和田さんにお会いするのが楽しみで楽しみで
いろいろな事を共に乗り越えてきた古い仲間、という感じでした。
やはり苦楽を共にした仲間、というのは特別な感覚があります。
最近、以前のような覇気(笑)が無くなったなぁ、お歳をめされたからなぁ・・・
と思っていたのですが。

昨年の9月、東京都合唱コンクールでお会いしたのが最後となりました。

ただただ、さびしいです。

共に過ごした時間は、わたしの中で宝物です。
和田さん、ありがとうこざいました。



合唱コンクールの季節。


合唱コンクールの季節、真っ只中ということで、
それに関して思っている事をつれづれに。


様々な立場でコンクールに関わるようになってきて思うのは
「コンクールとは器である」という事です。

その器に何を入れるか?は、演奏者自身が決める事であるから
どんなモノを入れるのもアリだと言えます。

単純な勝ち負けを重要視するのも、力試し的な参加も、
技術向上のための手段とするのも、甲子園的な浅春の1ページ的一体感を求めるのも
それはそれでありなのだと。

おそらくそのどれもが間違ってな。
しかし1つの要素に過度に拘ってしまうと
均衡を欠いてコンクールというものがいびつなものに変化してしまうとも感じます。

コンクールとは、勝ち負けが必ず付くのが大前提な本番なので
「勝ち上がったところが強い」という判断となりやすいですし
さらに踏み込めば、勝ち上がった団体が今のコンクール価値基準を作っているともいえます。
だから、偏向しやすいのがコンクールにおける合唱音楽とも言えます。
という事は、その判断を下す審査員の先生方は、
今後5年間ぐらいの価値基準を作っているのかもしれない。

ところが、勝ち上がらなかった団体の演奏が悪かったのか?と言えば
全くそんなことは無く(強く主張!)、むしろ代表になった団体よりもあっちの方が…
というケースもよく見かけます。
これだけ多様化した時代の価値基準を、1つ2つに絞るという事の方が
何かをゆがめているのかもしれません。

そうすると、感動したとか印象に残った、という音楽の根幹にかかわる要素と
コンクールの勝ち負けは完全にリンクしている訳ではない、ということ。
えっ、音楽って感動する音楽が良い音楽なんじゃないの?と思ったり。
じゃあ、何のためにコンクールに出ているのさ?と思わないでもない(苦笑)。

同時に、そんな時代だからこそ1つの価値基準を決める、という行為もあり得る。
うーん、いったい何なのさ?

…という風に、突き詰めて考え始めると、その実態を規定することは全く不可能。
本当に多くの要素が絡みついていてほどけません。
明快な答えの出ないものがコンクールというもの。
つまり、何だかよく判らない謎のイベント(笑)。

「何でも入れられる器である」というところが、合唱コンクールの面白いところかも。

わたしも当然、参加する時の価値基準を作っているつもりです。
ここで披露するような立派なものではないのですが
参加したすべての団体が勝ち上がるのは不可能なことなので
どの団体も、演奏後に参加すると決めた時の初心が貫けた!と
感じられることを心から願っています。


器に何を入れるのか?
そういう本番が、今週末も各地で繰り広げられます。

生きていてほしいんです


今日、小林麻央さんの訃報を知って、
すぐに思い出したのは、三善晃作曲「五つの願い」の3曲目、
「願い 一少女のプラカード」
という作品。谷川俊太郎さんの詩。

今日が、
太平洋戦争での沖縄戦の旧日本軍の組織的抵抗が終わった日、
というニュースを聞いた後に知った訃報だったからかもしれない。

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生きていてほしいんです

兵士は

生きていてほしいんです

兵士の靴が知らずに踏みつけた蟻も


生きていてほしいんです

青空の下で 穴の中でも

生きていてほしいんです

今日は


子どもたちはかくれんぼをしています

木の枝が風にゆれ

目をつむるとまぶたが日に透けて赤い


誰が誰の敵なのですか

私たちはみな不死ではないのに

生きていてほしいんです

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昨日夜、わたしはとりあえず元気でいろいろなことをしていました。
そのわたしの知らないところで、麻央さんは最後のいのちの炎を燃やし
このBlogを見ている皆さん、また見ていない皆さんもそれぞれの時間を過ごしていました。

これらは、同時並行で起こっていたこと。
笑いと哀しみと怒りと、そして多くの平穏な時間とは同時に存在する。
そのことに想いを馳せながら
今もわれわれは、今を生きています。